東日本大震災とOCHA

2012年3月、宮城県石巻市の日和山から臨む被災地。この地域では3,800名の命が失われた。(写真:OCHA)

東日本大震災とOCHA

国連人道問題調整事務所(OCHA)は、東日本大震災当日の2011年3月11日より、情報収集及び関係各所との調整を開始しました。また日本政府の要請に基づき、3月14日以降7名から成るUNDAC (国連災害評価調整)チームを東京に派遣し、現地視察も行いました。OCHAは3月12日から4月1日まで、ほぼ連日シチュエーションレポートを配信したほか、海外からの緊急援助隊受け入れや支援物資の調整という観点から日本政府をサポートしました。さらに同年6月20日から22日には、ヴァレリー・エイモス人道問題担当国連事務次長・兼・緊急援助調整官(当時)が来日して政府関係者との会談を行い、被災地(石巻)を訪問しました。

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2012年3月、宮城県石巻市の仮設住宅で、鉢植えプランター作りに励む被災住民の方々。(写真:OCHA)

フォローアップ活動

東日本大震災の教訓を国際社会に発信・共有すべく、被災者の方々の体験や被災地の復興課題、そして支援者の視点などについてレポートしてきました。宮城県石巻市や福島県相馬市を訪問しました。

被災地からのメッセージ
フクシマ:原子力災害から5年(2016年)(日本語)(英語
福島で見つけた絆 (相馬, 2015年)(日本語)(英語
震災と障がい、そしてコミュニティの再生(石巻, 2014日本語-拡大版)(英語ー要約版
がんばろう石巻!農業の復興(2013年)日本語)(英語
フォトギャラリー(石巻, 2013年英語)
地震、津波、そして壁新聞(2013年)(日本語)(英語)
石巻の人々の強さと忍耐強さに感銘 (2012年)(日本語)(英語
「コーディネーションでいのちを救う」in 石巻(2012年)(日本語ー拡大版)(英語ー要約版
フォトギャラリー(石巻, 2012年, 英語)

 

2015年3月、国連事務次長補(当時)が福島県相馬市を訪問。(写真:難民を助ける会)

OCHA神戸事務所からのメッセージ
東日本大震災5周年:だれも置き去りにしない
東日本大震災4周年:神戸から仙台、そしてイスタンブールへ
東日本大震災3周年:「人道大国」への思いをあらたに
東日本大震災2周年:日本を人道大国に


 

国際支援受け入れとその他の課題

 

東日本大震災の際、日本政府は163の国や地域、および43の国際機関から支援の申し出を受けました(出典:外務省ウェブサイト)。国際支援の受け入れについては、特に1995年の阪神淡路大震災以降、関連する国内制度や受入れのため枠組みが徐々に整備されていました。一方で、東日本大震災という未曾有の大規模災害では、災害対応を担う自治体自身が被災したことにより、被災者ニーズの全体像を把握することが難しく、善意による国際支援とのマッチングで困難に直面しました。さらには、政府と非政府組織・民間企業・自衛隊などといった多部門にまたがる調整、そして中央政府と地方自治体間もしくは地方自治体同士の連携 といった次元でいずれも「連携・調整」が課題として浮き彫りとなりました。こうした課題を克服していくため、国際人道支援や災害対応に携わる政府・民間の実務者有志が「東日本大震災と国際人道支援研究会」を立ち上げました。そして、今後のあり方をまとめた政策提言書を発表しました。OCHA神戸事務所長の渡部正樹も、この研究会のメンバーとして貢献しました。特に「東日本大震災と国際人道支援研究会」の提言書で取り扱われている国際 支援受け入れに関する課題はOCHAの役割と密接に関係するもので、日本の関係者が教訓をしっかりと受け止め、必要な体制の充実や制度改革を図ることが、日本における次の大災害への備えを強化する上で不可欠だと考えます。また、国際人道コミュニティの間で既に確立しているシステムやスタンダード等を紹介することで、被災者支援のための国内最低統一基準作りを含め、国内対応の改善や人材育成にも貢献できればと考えています。同時に、こうした日本での取り組みを国際社会に伝えていくという点でも、「橋渡し役」としての役割を引き続き担っていきます。

政策提言書の概要(日本語)>>
政策提言書全文(日本語)>>

 
 
 
 

 

 

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