シリア人道危機:今、私たちに出来ること

シリアの首都ダマスカスを訪問していたヴァレリー・エイモス人道問題担当国連事務次長が、シリア国内への人道支援を訴えるべく英国ガーディアン紙に寄稿しました。安保理メンバーには人道アクセス確保のため一致して行動するよう訴え、また世界各国には追加の資金提供を呼びかけています。寄稿文を全文日本語訳致しましたので、ぜひご一読下さい。

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Syria: The action we can take

この論説は9月9日付の英国ガーディアン紙ウェブ版に掲載されました。
 
シリア危機とそこでの化学兵器使用の問題が、連日各国メディアのトップニュースで扱われ、政治や外交に関する議論を独占し、多くのテレビ番組でも特集が組まれています。シリアをめぐる政治問題は至るところで取り沙汰されていますが、実際にそこで暮らす人々については、十分に取り上げられているようには思えません。
 
私はシリアの首都ダマスカスから戻ったばかりですが、そこで悪化の一途をたどる状況を目の当たりにしました。ダマスカスでは砲撃による爆音がひっきりなしに鳴り響き、止むことがありません。郊外は既に無差別な砲撃を受け、市街地全体が包囲されているところもあります。何世代にもわたって共に穏やかに暮らしてきた人々やコミュニティが、今となってはお互いをにらみ合い、傷つけざるを得なくなってしまいました。
 
人々は怯えています。身のまわりで繰り返される戦闘や残忍な行為、そして様々な人権侵害によって、生命の危険に晒されています。彼らの未来は、闇に閉ざされているのです。ジャミーラという1人の母親がこんな話をしてくれました。夜になると彼女の子どもたちは泣き叫びながら目を覚まし、誰かがひどい目に遭わせに来ないか何度も聞くそうです。数百万人分もの食糧や水、電気が不足しています。現地コミュニティには、もはや耐えきれません。これまでに200万人以上の市民が国外に逃れました。
 
経済が崩壊したということは、つまり人々が家族を養えなくなったということであり、そこに留まるか逃げるかという究極の選択を迫られるということを意味します。死ぬことや怪我をすること、あるいは病気になることといった恐怖に加え、医者や医療施設の不足、生活必需品価格の高騰という現実と、難民やホームレスとなって生きていく先の見えない将来とを天秤にかけなくてはならないのです。子どもたちのための教育や自分たちの仕事、自身の糖尿病や腎臓透析など慢性疾患に対する治療といったものには、おそらく永遠に手が届かなくなるかもしれません。人道支援機関が最大限の努力をしても、これらのニーズを全て満たすことは出来ないのです。
 
シリア国内にいる1,000人の国連スタッフとその人道パートナーたちは、最も支援を必要としている人々に手を差し伸べるため、NGOや地元の組織と連携して活動しています。しかし同時に、その活動が残念ながら十分できていないこともよくわかっています。あまりにも危険なため立ち入れない場所がある一方、幾つもの異なる武装グループが数十箇所ものチェックポイントを設けているため、支援物資を運搬する車両の通行が妨げられるなど、シリア国内にはまだまだ私たちの手が届かない地域が数多くあるからです。
 
一般市民の生存が脅かされるほど、深刻な食糧不足に陥っている地域があるという報告も受けていますが、私たちには為す術がありません。更に3,500名の国連職員がシリア国内に留まるパレスチナ難民支援のために活動していますが、そうした難民キャンプや受入コミュニティさえも、攻撃の標的にされているのです。
 
政治的な解決策の模索は続いていますが、破滅的な人道状況、そしてそれを説明するために使われる様々な数字の向こう側には、私たちと同じ1人1人の人間がいて、そのことが何よりも大切であることを忘れてはなりません。目にする映像があまりに恐ろしく強烈なため、時に思わず目を逸らしてしまうこともあるでしょう。確かに直視するには耐えがたいことですが、それがシリアの人々にとっては日常的な現実なのです。
 
私がシリアで見聞きしたことは、この危機によってもたらされた人的コストの大きさを痛感させるものでした。国連安全保障理事会では、政治的解決策をどのように見出すかについて意見が分かれたままです。しかしそうしている間にも、私たちは力を合わせて人道面での支援を強化しなければなりません。
 
私は改めて、安全保障理事会メンバーの皆さんに訴えます。最も被害の大きい地域の人々へ支援を届け、一般市民や医療施設、さらには支援に携わる人々を保護することが出来るよう、そしてシリア全土で十分な人道アクセスを確保できるよう一致して行動して下さい。また我々が活動を続けるための資源をどうにか捻出して頂けるよう、すべての国々に訴えます。
 
シリアの多くの人々から、特に女性たちから、私は何度もこの言葉を聞かされました。「国際社会はシリアを見捨てたのか」と。そして「国際社会にとって、シリアの出来事は対岸の火事にすぎないのか」と。そうではないということを彼らに証明するために、私は皆で持てる力を結集して事にあたる決意をしました。私たちはシリアの人々に示さなければなりません。彼らが決してひとりぼっちではないということを。私たちは決して彼らを見捨ててはいないことを。そして世界がシリアの人々にいつも思いを寄せていることを。
 
寄稿文の原文(英語)>>
 

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